古典では本当に言いたいことは言わずに、別の表現を借りて表すということがよくあります。
昔は色々な事情があったんでしょう。
ズバリ言ってしまうと言葉だけが一人歩きするとか、どうやっても誤解されたり、曲解されるなんてことがあったんだと思います。
また、分かる人だけに分かる形で残すという意味もあったのかもしれません。
古事記や聖書なども色々な人が裏の解釈をしていますよね。
ノストラダムスの大予言みたいな、、、
さて、
論語にこんな一節がありました。
子曰く、
速やかならんと欲すること勿れ。
小利を見ることなかれ。
速やかならんと欲すれば即ち達成せず。
小利を見れば即ち大事ならず』
(子路編 13章)
先生は言われた。 「早く急いで事を成し遂げようとするな。小さな利益にこだわるな。急いで事を成し遂げようとすれば、目的に達することができない。小さな利益にこだわると大きな事は成し遂げられない。 |
これを見て、私は気づきました。
この一節に秘められた裏の意味を。
つまり、、
急いでダイエットしようとすると、失敗するよ、
ということだなと。
夏までに分厚い胸板を、、
なんて思ってベンチプレスで無理すると怪我するよ、
という意味かもしれません。
孔子は紀元前500年くらいの人。
今から2700年くらい前ですね。
きっとその頃からダイエットや筋トレの相談を受けてたんだと思います。
「先生、最近太っちゃってね、、どうすれば痩せますか?」
なんて聞かれたんだと思います。
そういうときにきっと、前述ような感じで答えただと思います。
論語の表向きは、孔子の弟子の子夏が政治について質問したことになっていますが、、、
こういう言葉の裏側にはきっとこういう隠された意味もあるとかないとか。。。
人には言わないでくださいね。
「いや、実はね、論語って世界で一番古いダイエット本らしいよ、、、」
みたいな感じで言われるとあなたの常識を疑われますのでご注意ください。
しかし、目の前の小さな利益を求めると、長期的には損をするというのは、真理だと思います。
目の前の1kgの減量ために無理にをすると、リバウンドして、3ヶ月後には1kg以上増えている可能性があります。
急いで無理して、やせようと思えば目的を達成することはできない。
これは、もう多くの人が知っていることなんだけど、それでもやはり「すぐに」「楽をして」痩せようとします。
その結果はご存じのとおり。
ちょっとだけ先を見て、食事はほどほどにしつつ、まずは筋トレをしっかりやる。
筋トレに慣れてから、期間を設定して、食事のカロリーを500kal程度減らす。
減量する時期に備えて、普通の時期は良い食事を普通に食べる。
そういう視点が必要なわけです。
孔子先生もおっしゃってるように、(と解釈しています)
目の前の体重だけにこだわっていると大きなこと本当の目的は足し遂げられません。
何事も、そういう感じで長い目で見た方いいと思います。
短期で頑張るのもいいですが、やはり最後は長い目で見る人が目的を達します。
ダイエットや筋トレに限らずですね。
短期的にいい結果が出ても、最終的なゴールが大事ですからね。
ゴールに到着するスピードや方法や人それぞれですが、大事なことは同じです。
倦まず弛まずコツコツと。
高い山に登る方法はただ一つ。一歩一歩歩くだけです。
途中で休んでも、ペースを緩めていいと思います。
ついでにもう一つ。
目先の利益は目先の快楽、目先の欲求ということと同じですからね。
目先のお菓子に釣られるな。
ということも忘れずに!